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緑 の 断 層 崖

 一冊の小さな本が発行された。『緑の断層崖−朝日連峰葉山ガイドブック』という。
 置賜葉山−長井、白鷹の人たちが親しく接してきたこの山の奥深さを、より多くの人に知ってもらうべく企画された本である。
 実は、かくいう私も編集に関わり、拙文を寄せているのだが、葉山について平易でわかりやすい、しかも多角的な記述がなされており、その全体像を知る上で適切なガイドブックに仕上がっていると思う。
 本を開くと、「葉山の彩り」と題されたカラーグラビアがある。写真は宇津木正紀氏。宇津木氏は自身の写真集も出しているのだが、このグラビアも、長年通い詰めた者だけが知りうる葉山の多様な姿が見事に写し撮られており、思わず息を呑む。グラビアのみならず、この本の原稿整理、レイアウトのほとんど全てが、宇津木氏の手による。
 本文は専修大学付属高校教諭で地理学の小岩清水氏から始まるのだが、小岩氏はこの中で3つの重要な指摘をしている。

 一つは葉山の生い立ちについて。

 葉山の白兎登山道は急峻な登りと平坦な部分を7回ほど繰り返して頂上に達するのだが、この階段状の地形の急峻な部分は、葉山が断層活動によって激しく隆起した痕であり、この断層の活動は今もなお継続している可能性があるとしている。『緑の断層崖』という書名は、この小岩氏の指摘から生まれた。

 二つ目は、断層活動の変異帯である可能性が高い鉾立清水のパイピング現象について。

 鉾立清水は葉山山頂東側斜面にある水場で、夏でも摂氏5度という冷たく甘露な水を、喘ぎながら登ってきた登山者に与えてくれる。しかし、よく観察すると、この水は湧き出ているのではなく、地層に穴が開いてそこから流れ出しているのがわかる。これは山頂に降り積もった雪や雨水が地中にしみ込み、傾斜に沿って移動してきたものの、地層のズレにぶつかり、行き場がなくなって地層の弱い部分に穴を開け噴出してきたものである。これをパイピング現象といい、断層の存在とその危険性を知らせている。

 もう一つは、御田代について。

 葉山山頂に御田代という高層湿原がある。この御田代では、田植えが終わると残った苗を持って葉山に登り、湿原の池塘の一つを田に見立てて田植えをし、豊作を祈願するという御田植神事が葉山山麓の人たちによって長く行なわれてきた。小岩氏は、池塘の泥炭層の厚みを測り、御田代が形成されたのは1200年前と推定するのだが、これだけ長い年月が立ち、数多の人たちが足を踏み入れているにもかかわらず、御田代の自然がほとんど手付かずの状態で残っていることに感嘆の声を上げる。そして、これは山麓の人たちが御田代を神々が座る場と考え、足を踏み入れるのを御田植え神事をする池塘までに止め、それから先に行くことを厳しく戒めてきたからだと断言している。
 こうした小岩氏の指摘を考慮すると、神々の座である御田代の直近を通り、断層活動が懸念される鉾立清水の真上を抜けていく大規模林道真室川・小国線の計画が、いかに無謀なものであるかがよくわかる。大規模林道の諸問題については、「葉山の自然を守る会」の事務局を務める新野祐子氏が、本書で詳細に指摘している。

 本書にはこの他、森林の果たす役割、葉山の植物、葉山の歴史等に関する論考が収載されており、葉山の全てとまではいかないが、あらましはわかる仕組みになっている。

  起きいでて眺むる葉山あかねさし
  はぢらふいろに雪をそめたり

 と郷土の歌人大道寺吉次は歌ったのだが、今や吉次のように葉山を振り仰がなくなった長井、白鷹の人たちにこそ、この本を読んでいただきたい。葉山断層崖は今、本書のタイトルどおり、深い緑に覆われている。